仲井家の食卓におかれたメモより抜粋。
健一君。昨日、実験中私の不注意で携帯電話を落とし画面に罅が入って使い物にならなくなった。それが昨日の午前十時三十五分の出来事でそれ以降、君からの連絡があっても私には伝わっていない。その間に何か取り返しのつかぬ事態がおこっていたらすまない。携帯電話を修理に出すとこの時期では遅くなるといわれた。研究の方は十二月いっぱいまで予定がつまり、思うように時間が確保できない。昼頃はほとんど家にいないと思う。さしあたってこれからの連絡手段は今私が書いているよう、このテーブルにメモを残す形で行うことを提案する。君の忌憚ない意見を聞かせてもらいたい。以上。
12月1日 am7:30
ケータイ壊れたの? 実は僕も今月忙しくなるみたいで、帰れない日が多くなりそう。
だからメモの件は賛成します。遅くなるときはウチの留守電にいれとくよ。
今日はいきなり帰れそうになくなったから、着がえだけとりに帰ってきました。
ごめんね。明日は帰れるようがんばるよ。 健一
12月2日 pm2:00
この連絡手段に不満問題点があればぜひとも指摘して欲しい。至らぬ点を見極めることが、新たな改善へと至る道に通ずる。研究の進み具合から見るに私はここしばらくは帰れない状況になると思える。夜間も帰れない日があるかもしれない。君とは生活サイクルが逆転することが予想される。そのため、緊急性の高いもの以外、極力君の携帯電話へ通信は控える。以上。
12月3日 am7:30
昨夜は二時に帰ってきました。
問題点は今のところないよ。メールと比べると多少不便だけどね。
佳代さんも忙しそうだね。けど無理はしないで。電話はそんなに気をつかってもらわなくてだいじょうぶだよ。どうしてもダメな時は僕がでないようにすればいい、会社行ってきます。 健一
12月4日 pm1:00
昨夜は前触れもなく泊まりになってすまなかった。研究で思わぬ結果が出た。今回は思った以上に長引くやもしれない。十二時すぎに帰宅し、三時間ほど仮眠をとった。今夜も帰れそうにない。家のことを何もせず、申し訳なく思っている。電話の件はそうけじめのないことをすると、緊急性のない電話かどうかの判断がつかず思わぬ事態を招きかねない。そのようなケースを回避するために連絡方法は徹底すべきだ。昔、まだ切手が発達していなかった頃、手紙に厚紙を入れることでその緊急性を判断させたという例を思い起こしてくれ。決してつまらぬ用件ではしないことをここに明言しておくので、私が君に電話をする時は生きるか死ぬかの事態と判断し君も心しておくそれにはなんとしてもでて欲しい。以上。
12月5日 am7:30
昨夜は早めに帰ってこれたので会えなくて残念です。
電話の件はなんだか話が凄く大きくなっていた気がするけど。緊急性とかじゃなくて僕はたまには佳代さんの声が聞きたいな、と思っただけなんだ。
家事のことはどっちか時間がある方が無理しない程度にやっていこうよ。まあしばらく放っておいても死ぬことはないし。
じゃあ会社行ってきます。帰りはどうなるかわからないので帰れないようだったらまた留守電にいれておきます。 健一
12月5日 am10:00
今日は五時間ほど時間がとれたので、先の一時間を洗濯にとり、乾して仮眠をとった。三時間の仮眠後、目覚めたが乾いていなかったのでやむなくそのままにしていく。時間があれば負担にならない程度にとりいれてくれないだろうか。使用意図がよくわからないが、私の声ならば留守番電話に録音されている。再生ボタンは3だ。それから健一君、年末の君の実家へご挨拶に伺う件について今の時点での君の予定を伺いたい。以上。
12月7日 am7:30
帰りました。ごめん、結局、五日は帰れたから油断してたら六日が。洗濯物とりこんでおいたよ。
うちの実家はいいよ。両親、あんまりそういうの気にしないし。姉さんたちも近くに住んでるくせに三日か四日に普通に顔出すもの。
留守電再生しておきました。うん。まあいいや。会社行ってきます。 健一
12月9日 am7:30
昼に一時帰宅しました。昨日はごめんなさい。今日も帰れません。 健一
12月9日 pm5:00
夕方に一時帰宅。こちらも研究が煮詰まってきた。鈴木教授のお体が気になる。
12月11日 am7:30
ごめん、佳代さん。やっぱり今月は忙しくて。二十四日もだめみたい。ほんとごめん。会社行ってきます。 健一
12月11日 pm2:00
了解した。私はこれから逆に夜が帰れなくなる。研究が詰めに入ったので昼間なら少しは抜け出せるが。すまない。思い出せない。二十四日に、なにかあったか?
12月12日 am7:30
いや、別にとくに用事があるわけじゃないけどね。会社行ってきます。ごみだししときました。 健一
12月12日 pm2:00
冷蔵庫に南瓜の煮物とキンピラゴボウとひじき在り。洗濯物を取り入れる。
12月14日 am7:30
ありがとう。佳代さんは、元気? 健一
12月15日 am5:00
問題ない。余った白飯をラップをかけて冷蔵庫にいれる。
12月15日 am11:30
元気なんだ。よかった。最近、ほんと会えないから、佳代さん、もう少し近況とか書いてくれると嬉しいな。
健一
12月15日 pm2:00
am
4:20 起床。
4:50 始発に会わせて家を出る。
5:10 始発を乗り逃し次の時間を待つ。
6:00 大学に到着。鈴木先生はすでに参られていて、そのほかのチームに挨拶する。
7:00 研究開始。
12:00 午前の研究終了。三時間の小休止。
12:20 大学を出る。
pm 1:10 帰宅。
1:40 洗濯物のとりこみ完了。
以上。今日一日の全行動をリストにするには、明日になる。不完全なものですまない。
12月16日 am7:30
昨日は帰れたよ。いや、なんだろ。印象に残ったこととか思ったことでいいんだけど。細かく書いても大変だし。 健一
12月16日 (時間記入無し)
今回思ったこと印象に残ったこと。試験管Aが試薬液をスポイルから二滴垂らしたところ見せた反応が従来より顕著ではなくそのことでY大学のT教授とR教授の意見が噛み合わず一騒動おこりそうになった。その中に割ってはいり外的条件をもっと綿密に整えるか綿密にそれらを計算して誤差を割り出して統計をとるべきだという鈴木教授の意見に、興奮なされたR教授はガラスの中での実験はと実験の根本からなる議論を持ち出された。実験の前提に対する議論を始まった後で持ち出すという、研究者の間ではルール違反とも言えるこの反論に他の教授も参戦してしまいさらに――
すまない。時間がないのでこの経過は実験報告を添えて提出する。以上。
12月17日 am7:30
うん。よくわかった。いや、いいよ実験報告は。研究室も人間関係が大変だね。
僕は今日、一日中佳代さんのこと思っていたよ。ここのところじっくり会えなくてさみしい。早く二人で過ごしたいと思う。
会社に写真タテ置いていたら同僚にからかわれちゃってさ。
本棚の陰に隠したんだけどね、ああいうことには目ざといよ。仕事もしないでなにやってんだか。
でも、早く、生身の佳代さんに会いたいな。 健一
12月17日 (時間記入なし)
ちわーす。スバルさまが旅行のみやげもってきてやったぞ。お前ら、カギの隠し場所わかりやすスギだっつーの(笑)
なつきがこれにしたほうがいいっていうからしたけど、写真タテの方がよかったか?(笑) 健一。
ぶははははは。あー、笑った。これ今年最後の大笑いいくかってくらい? コピーとってなつきに見せてやろーかと思ったぜ。
M−1前に大笑いしちまったよ。これより笑わせてくれっかな。キャンディーズはシズと山どーすんのかね? 結婚。
なつきはキリンが好きだっつーけどさー、あいつら同じ芸でだんだんあきるよな。
写真にあんま欲情してるとせっかく入った会社で変態扱いされるぜ。生身の君に会いたい、あー、アニメおたくの台詞みてー。じゃな。
昴サマより
12月19日 am5:00
健一君へ。
久しぶりに帰宅すると挟まれた手紙から君の生涯の親友からと思われる包みがゴミ箱に捨てられていたのだが手違いか?
12月20日 am7:30
佳代さんへ。カギ入れの場所を変えました。×××の下です。覚えておいてください。
健一
12月21日 am3:30
夜中に少しだけ帰れた。寝室を見ると君が寝ていた。精神的にやや疲労していたので君の寝顔を一時間半ほど無断で見ていた。不快ならば言ってくれ。次からは控える。
12月21日 am7:30
佳代さん。そういうときはおこしてください! 寝顔を見たうんぬんはどうでもいいから! 健一
12月22日 pm1:30
それはできまい。君の寝つきの悪さからすればあんな時間に起こせば明日に支障が出て君の健康を害することにも繋がる。
12月23日 am9:30
出かけにほんの数秒だったが、痩せたな、健一君。おじやを作っておいた。栄養だと思えばどんなものでも食せるはずだ。検討してくれ。
12月24日 am7:30
心配かけてごめん。美味しかったよ。昨日はもっと話がしたかった。
最近物騒だから佳代さんも夜中の歩きには十分気をつけて。遅くなったときは近くてもいいのでタクシーを使ってください。
メリークリスマス。聖夜を君と過ごしたかったです。いつでも君のこと思っているよ。愛してる。 健一
12月24日 (時間記入なし)
鈴木です。北沢君が手が離せないようなので、忘れ物を取りに来ました。…すみません。連絡事項が書かれているとばかりに。
12月26日 am7:30
健一君、手紙がないようだが、最近家に戻っていないのか?
12月27日 am7:30
平気です。数日遅れましたが、プレゼント、置いときます。 健一
12月28日 pm3:00
君の心遣いは大変嬉しい。しかし私の誕生日は夏なため、これを受け取る正当な権利がないのではと思い悩みそのままにしておいた。
12月29日 am7:30
クリスマスプレゼントなので受け取ってください。恋人同士、夫婦同士でも送ることは周りに確認してください。それから年内にはなんとか仕事終わりそう。三十日からやっと年末かな。 健一
12月29日 am7:30
すまない。私の浅学さには赤面のいたりだ。私も研究は今日には終われると思う。君とあわせて帰れそうだ。ずいぶん遅れたが私からのクリスマスプレゼントだ。すまなかった。
12月30日 am7:30
謝らなくてもいいのに。素敵なネクタイ止めありがとう。早速今日のネクタイにつけていくよ。最後の仕事だし。ようやく今夜は会えそうだね。ちょっとしかないけど、年末ゆっくりすごそうね。 健一
結果に思わぬことがでた。帰れない。もしかしたら年をこすかもしれない。すまん。
一月一日
(日差し差し込むキッチン)
(きしきしと廊下が鳴り、テーブルの椅子に人が腰掛ける)
(肘をついてはあ、と息がテーブルの上に散る)
(そして席を立ち廊下をきしむ音。またきしむ音が近づき椅子に人が座る)
(ぱらぱらとくられる紙の音。突然、あれ、と声があがり、数拍の沈黙の後。突然椅子が蹴られ、かけられたコートが剥ぎ取られ廊下が大きく軋む音が響く)
誰もいない部屋の、テーブルの上に残された、一枚の年賀状から。
『 あけましておめでとう。健一君。同じ家に住んでいるというのに、年賀状を出す行為は不自然だが、君にこれを書きたかった。君にこの言葉を伝えたかった、昨年はありがとう。君という存在のおかげで、私は生涯で一番幸福な一年を過ごせた。今年になにがあっても、それは色あせない。あけましておめでとう、健一君。今年が君にとって幸福な一年になることを心より祈っている。
今年も私は、君が好きだ。
仲井佳代 』
<キッチンテーブル>完